毒イモを食べる(クワズイモ)
サトイモ科のクワズイモは四国南部、九州南部から琉球列島にかけて自生する有毒植物で、植物体に含まれるシュウ酸カルシウムによって食中毒を引き起こします。シュウ酸カルシウムは難溶性で耐熱性があるため、加熱処理で無毒化することはできません。摂食すると嘔吐下痢、麻痺などの中毒症状が発生します。サトイモと外形が酷似していますが、誤って食べないよう注意してください。
ということでクワズイモを食べます。「食えない芋」なんて名前は付いてますが、東南アジアでは食用としている国もあるらしいので試してみることにします。
芋を入手する
近所で採れます。
亜熱帯海洋性気候に属するここ沖縄県は熱帯原産のクワズイモの生育にかなり適してしまっているため、いたるところにイモが定着し東南アジアさながらの景観を形作っています。
すごいね。
本島では観賞用として販売されているクワズイモですが、沖縄県では厄介な雑草として嫌われています。シュウ酸カルシウムはクワズイモの葉や茎から出る汁にも含まれており、汁が肌に付くと痒みを伴う炎症を起こすため、除草をするにも注意が必要なのです。
大抵は放置されているため勝手に採集しても問題は無いでしょう。掘ります。
掘る
掘りました。
公園の茂みに山ほど生えていた中から良い感じのものを採集しました。サトイモも近くにあったのでついでに採ることにしました(奥側)。
早速食べたいところですが、掘った直後のイモは水分を多く含むため1週間程度置いた方が良い、とのことなのでしばらく新聞紙にくるんで放置することにします。その間にクワズイモを無毒化する策を考えましょう。考えて無かったので。
考える
シュウ酸カルシウムについて一度整理しましょう。
シュウ酸カルシウムは針状の結晶で、これが口腔や内臓に突き刺さることによって症状を引き起こします。尿路結石の主成分になる物質で、あれを細かくしたものを口の中に放り込むとイメージすると分かりやすいかと思います。
1本の長さは0.1mmなので人間の分解能でギリギリ見える。
結石の場合は、ホウレンソウ等に含まれるシュウ酸ナトリウムとカルシウムイオンが反応して体内で生成されるのですが、一部のイモ類やパイナップル等にはシュウ酸カルシウム結晶そのものが含まれています。長いもを擦って手がかぶれたりパイナップルで口が荒れたりするのはこのためですね。
難溶性のためと水にさらして除去するのは難しく、100℃程度では物性変化を起こさないので、加熱でも無毒化できません。
......。
無理では?
他に取り除く方法が無いか調べたのですが「強酸に溶かす」くらいしか見つかりませんでした。南国の上裸で暮らす人々がそんなケミカルな処理をしている様も想像できないので、おそらく滅茶苦茶洗って無毒化しているのだと思われます。ちょっと計算してみましょう。きっと恐ろしい量の水が必要なはず!
葉柄(茎のような部分)のデータではありますが、クワズイモのシュウ酸カルシウム含有量は0.00334g/gらしいのでこの数値と溶解度をもとにどれほどの水量が必要なのか計算していきます。
参考:
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/fukushi/eikanken/research/pdf/Abstract7.pdf
シュウ酸カルシウムの溶解度は90℃で0.00140g/100mlです。これで含有量を割れば必要な水(熱湯)の量が明らかになります。割ってみると......。
なんと1gあたり約240ml!
............あれ?
なんか普通に行けそうな数字ですね。もっと膨大な量が必要だと思ってた。数値を読み違っているかもと確認してみましたが問題なさそうです。行けそうなのはマズイ。
もちろんこれはシュウ酸カルシウム単体を最大限溶けるようにした状態での数値なのでそのまま適用することはできませんが、4倍を見たとしても1gあたり1L、普通の調理でも十分無毒化できそうな量です。サトイモと間違って調理されたクワズイモが食中毒を引き起こしていることを考えると、何かしらの要因があってクワズイモ中のシュウ酸カルシウムは単純には溶解しないのかもしれません。とすると、クワズイモの無毒化には特別な処理が必要だということになりますね......。
全く見当違いのことを今まで書いていた可能性があります。
..................。
駄目かも
敗戦の気配が漂っていますが、他に策もないので今回はとりあえず滅茶苦茶茹でてみることにします。失敗したとしても可能性が一つ潰せるので無駄にはなりません。はじめは25Lほど沸かします。
(せっかく寸胴探してきたのに)
乾かして置いたクワズイモの皮をざっくりと落とし適当に薄くスライスしたものを、煮崩れ防止にネットに入れて鍋に投げ込みます。
めっちゃ浮く。
右側でサトイモが沈んでいるのに対しクワズイモは全く沈む様子がありません。地上に露出しかけていた部分だったので茎に近い構造に変わっていたのか、それともクワズイモ自体密度が小さい植物なのか...。思いがけず面白いものが見られました。
このまま30分ほど放置します。
30分後
イモの具合を見てみましょう。取り出して冷水で濯いだものの表面を舐めてみます。
..............。
あっ!!
ピリピリします。舌に針状結晶が刺さっているのがはっきりわかります。口をゆすいでも全く収まりません。表面を舐めるだけでこの様子だとがっつり咀嚼してしまったときは本当にヤバそうです。
そして、この方法では無毒化できないこともほぼ分かったので、あと1時間茹でて終わりにすることにします。少しでもシュウ酸カルシウムが溶出しやすいようさらに刻んで鍋に戻します。
痛みでめちゃめちゃテンション下がってる。
1時間後
2時間弱茹でた状態です。見た目の変化はほとんどなく(ちょっと透き通ったくらい)、サトイモのようなぬめりやホクホクさもありません。
やはり芋というよりも茎に近いのかもしれませんね。
では、1切れ食べてみることにします。
アッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
アッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!
駄目です。これは。
ヂッというような鋭い痛みが口内に走りました。先ほど舐めていた時は2、3か所に刺さっているように感じられた痛みが、今は唇の裏から喉の入り口まで広がっています。とても咀嚼しては居られずすぐに吐き出します。
急いで口をゆすぎますがやはり効果は無く、むしろ針が喉の奥まで流れ込んでしまったように感じられます。キツイ。
口を動かすと痛いので軽く口を開いた状態で固まります。なおも電流が流れているような痛みが続き、唾液が止まりません。
数分ほどそのまま静止していましたがやはり辛く、少しでも結晶を取り除こうとティッシュを口に詰め、取り出したところ少し痛みが和らぎました。
辛い
30分経過しても痛みは続きます。止めておけばよかったという後悔が心に満ちています。動けないほどの痛みではないのですが、痛みが止まらないストレスでテンションがひたすら下がり何もする気になりません。
口を半開きにしたまま廊下をうろちょろします。
夕暮れ
大分痛みが落ち着いてきたので、ついでに採集したサトイモで味噌汁を作ることにしました。すっかりくたびてしまった茎を刻み、親指ほどのイモと軽く煮ます。
食欲も無いので晩御飯はもうこれだけでいいかな......。
うま
芋特有のとろみと優しい甘みが良い意味で口に染みます。誇張無しに今までで一番美味しいサトイモかもしれない。味噌も丁度いい薄味で心が休まります。
何よりも、何の痛みもなく食べられるのが嬉しすぎる。
温めると痛みが増すかもと心配していましたがそんなこともなく、食べ終わるころにはほとんど痛みもなくなっていました。よかった~。
敗因
クワズイモ中のシュウ酸カルシウムは束晶細胞という細胞の中に束になった状態で収まっているようで、この状態でいる限り溶出しないのだと考えられます。
出典:
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/fukushi/eikanken/research/pdf/Slide7.pdf
摩り下ろして細胞を破壊した後に煮沸することも考えましたが、あの様子だと霧散してしまいそう。食用地域でもそのような調理法は見られませんでした。
現地ではただココナッツミルクで煮ているだけのようなのですが、ココナッツミルクに特殊な効果があるとも思えないため、もしかするとあの地域のクワズイモは最初からシュウ酸カルシウムの含有量が少ないのかもしれません。
口にした感じでは、日本のクワズイモは相当の処理をしないととても無毒化できないように思われました。「食わず」の名は伊達では無かったようです。
終わり
今回はクワズイモを食べるということで、滅茶苦茶茹でることによってシュウ酸カルシウムの除去を試みましたが全く無意味でした。
真似をされる方は居ないと思いますが、もしされる場合は別の方法を考案することをおすすめします。
挫折と敗北感を味わったところで今回はこのへんで失礼します。
サトイモ最高!!!